2017年7月 2日 (日)

機織りと漢字(3)…哉・載・歳

言葉の記録は政治勢力の入れ替わりによって、短時間で変更されてしまうことは珍しくありません。しかし技術はそう簡単には消えてなくなりません。たとえ後から来た集団よって、その土地に住む人々の言語すら変わった時も、建築物の寸法や、糸の撚り方や布の織り方は変わりません。
 
「ものと人間の文化史169-織物」(植村和代、法政大学出版局)によると、日本の織物にはインドとの共通点が見られるそうです。植村氏はインド渡来の技術を想定していますが、私は、長江流域から東に向かったものは日本に残り、西に向かったものはインドに残ったのではないかと思います。
 
 

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2017年6月28日 (水)

機織りと漢字(2)…成・戒・國

機織りが起源と考えられる漢字として「成」「戒」「或・國」があります。

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2017年6月26日 (月)

機織りと漢字(1)…幾・機

産業革命が始まるまで、全ての布は手作業で織られていました。機織り(はたおり)は見慣れた光景でした。
 
しかし機織りは一番最初に機械化された分野でもあります。英国で機織りが自動化されてからすでに200年、日本でもすべての布が自動織機で織られるようになってから100年以上経過しています。現代人は機織りを見たことがない人がほとんどです。そのため、歴史を研究する人の頭の中から、機織りという要素が抜け落ちているのでは?と私は感じています。
 
中国は古代から高い品質の絹織物を生産することで有名でした。機織りをある程度機械化した織機も、すでに漢の時代にはあったことが文献からも判明しています。インターネットで検索したところ、後漢時代の江蘇省の石碑には、織機の画像が彫られているそうです。
 
機織りを表す漢字、すなわち「幾」の起源は漢和辞典にはどのように記されているのでしょうか?
 
 

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2016年12月25日 (日)

「やさしい易」発売・六十四卦早見表

(この記事は必ずトップに来ます。最新のログはこの下にあります。)

六十四卦早見表 (ブログ内の各卦の記事へのリンクがあります)

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2014年11月24日 (月)

易経勝手読み(八五)・・・水天需

私の易経の解説書「やさしい易」の追加注文がたまったので、第二版出版の準備を進めています。

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2014年2月 2日 (日)

易経勝手読み(八四)・・・地風升

 久々の易経勝手読みの新解釈です。2012年に「やさしい易」を自費出版しました。乾為天・水雷屯・天地否・沢山咸等の解釈は発表済みの内容で確実と考えていますが、まだ改良の余地がありそうな卦も十くらいあると感じています。地風升・沢地萃・風火家人等です。 地風升は上昇を意味する卦とされてきました。「やさしい易」では容器の升を意味する卦ではないかと私は解釈しました。しかし九三の升虚邑を「建設中の城塞都市」と解釈するのは実に苦しく、もっとふさわしい解釈がありそうだとずっと感じていました。

 

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2014年1月19日 (日)

擬態語の起源は古代中国語ではないか?

擬声語、擬態語が豊富であるのは日本語の特徴の一つです。擬声語とはトントン、パタパタといった自然の音を言語化した単語で、擬態語はソワソワ、ユラユラといった音にならない状態を言語化した単語です。
 
特に日本語に特徴的なのは、上で例としたような二音節を重ねた擬声語、擬態語です。
 
しかし、論語や五経など古代中国語の書物を読んでいると、時折意味不明の繰り返しの語句が出てきます。
 
例えば論語の八佾に「天子穆穆」とあり、「天子は麗しい、ゆったりしている」と訳しますが、実際のところ意味はよくわかっていません。
 
論語の雍也に「文質彬彬」とあり、バランスがとれた文体と訳されています。
 
日本語の研究者には国粋主義的なところがあって、あまり漢文や仏典の影響を認めたがらないのですが、二音節の繰り返しは日本語というよりは中国語に近い単語の作り方であるので、日本語の擬声語と擬態語は三千年前から二千年前にかけて中国から渡ってきた人達が日本語にもたらしたのではないかと私は思います。
 
どこかの博物館で縄文時代の言語を再現した展示があったのですが、擬声語と擬態語が古い日本語だという前提に立って、擬声語と擬態語を組み合わせたような言語を作っていました。しかしこれは縄文人ではなくて中国からの移民がもたらしたのではないかと思います。
 
例えばかんかん照りのカンカンは「干干」でしょうし、ざあざあ雨が降るは「漸漸」でしょうし、ふわふわは「孚孚」ではないかと思います。ちょきちょき切るは「摘摘」です。
 
まあ、日本語の古層に中国語の影響があることを認めたくない人は多いので、市民権は得られないと思いますが。
 
多分上の論語の「穆穆」は「ポカポカ陽気」の「ポカポカ」語源で、「彬彬」は「ピンピンしている」の「ピンピン」の語源だと思います。諡号(王や皇帝に死後つけられる名前)で「穆」は徳を広く行き渡らせた優しい王に付けられます。彬は形式と装飾が並び備わっている、という意味です。
 
逆に五経で意味不明とされているこれらの繰り返し語句は、日本語を参考にすると解明できるのでは?と私は考えています。

2014年1月14日 (火)

易経勝手読み(素案)

易経の火沢睽古代ユダヤ教説以上のアイデアを思いついた。沢地萃=ハオマ(ソーマ)=ベニテングダケ、地風升=ザラストラ教(ゾロアスター教)説だ。
 
しかしソーマがベニテングダケであるという説はまだ市民権をいていないし、地風升の根拠となる古代ホラズム遺跡の発掘結果なんて誰も知らん(^^;
 
マイナーすぎてトンでもとしてすら扱ってもらえないという悲劇。トンでもとして扱ってもらうためにはある程度の知名度と分かりやすさが必要なんですよね。
 
ユダヤ教と違ってザラストラ教の方はほとんど記録が残っていないのと、日本語の資料が少ないのでなかなか補強ができない。しかもザラストラ教じゃなくて、どうもイーマ(ヤーマ、夜叉、閻魔大王)信仰らしいんことがわかってしまった。イーマは古代アーリア人の神様の一つなんですが、ザラストラ教以上に知名度が低い。
 
あ、でも私は沢地萃がベニテングダケであることと地風升がイーマ信仰であることには自信を持っています。

2013年3月31日 (日)

登竜門(チョウザメとワニ)

 登竜門とは、立身出世のための関門という意味の故事成語です。黄河の早瀬である龍門を越えた鯉は龍になるという古代中国の伝説が語源です。登竜門を日本語にしたのが鯉の滝登りで、掛け軸の画題として見たことがある人も多いでしょう。

 

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2013年2月28日 (木)

「道」の語源

 「道」の語源は白川静の字統ではどうなっているでしょうか。

 

 「首を手に携えていく意で、おそらく異族の首を携えて、外に通ずる道を進むこと、すなわち除道(道を祓い清めること)の行為をいうものであろう。」 

 

 漢語林は、「異族の首を埋めて清められた道」としています。 

 

 そんなおどろおどろしい習慣が本当にあったのでしょうか。 

 

 難しく考える必要はありません。 

 

 人間の首には血管・気道・食道・神経が通っています。首は血液を送り出さないし、空気を吸い込まないし、食べ物を消化しないし、考えません。首の機能は血液・空気・食物・情報を伝導するだけです。 

 

 すなわち「道」の例えとして、首ほど適した物はありません。古代人は合理的なのです。

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