2014年6月15日 (日)

五日市街道を行く

土日は運動不足解消のため近隣の街道を歩いています。今日は五日市街道を拝島から五日市まで約15km歩きました。秋川沿いには東京都とは思えぬだだっ広い平原にのどかな田園風景が広がっています。このあたり何故か道路も広く公共施設も豪華です。

 
東京都は東西に長くて意外と広く、市街地が連なる国分寺まででまだ東西の3分の1くらいです。国分寺ー八王子ー五日市ー青梅で囲まれたあたりには広い田園地帯が広がります。
 
西半分の奥多摩は深い山林です。私の最近の踏破範囲はこの中央の田園地帯。 今日は伊奈代官が置かれていた伊奈も通ってきました。伊奈は五日市の手前の集落です。このあたりは、幕府の天領支配のモデル地区であり、幕府からは最も優秀な代官が派遣されていました。五日市街道沿いが豊かなのはそのおかげかもしれません。
 
また、このあたりは臨済宗と真言宗のお寺が多いです。
 
3時間弱いい運動になりました。後で地図を確かめると、拝島の多摩橋と五日市の間は標高差が80mありました。なるほど、疲れるはずです。武蔵五日市駅にはハイカーがたくさん来ていました。秋川渓谷や檜原渓谷には日帰りで行けるハイキングコースがたくさんあります。
 
これで五日市街道を立川の砂川から五日市まで歩いたことになります。今度は多摩湖や狭山湖の方へ行ってみたいです。

2014年4月29日 (火)

上毛私鉄乗車記

今日は上信電鉄、上毛電鉄、そしてわたらせ渓谷鐵道に乗ってきました。山沿いのローカル線に乗ると自然と古代~中世史を追うことになります。
 
朝4時に起きてほの暗いうちに出発、昨日の停電の時に使った数年前のコンサートで買った蛍光ライトがまだ光っていたので灯りとして持っていきました。
 
北八王子から八高線に乗車、八高線は八王子から、比企郡、そして高麗川に伸びています。茅ヶ崎からのびる相模線と一繋がりの街道で、これは関東の帰化人入植ルートです。なので沿線には帰化人の伝説が残り、昔は養蚕が盛んでした。八高線沿線は山奥の割には平らな土地が続いていて、高麗、越生、小川と歴史がある町が並んでいます。
 
高崎についてそこからは上信電鉄に。三日前にユネスコに登録された富岡製糸場が沿線にあります。そのことからも分かるように、多摩から入間、比企、群馬にかけては有名な養蚕、絹織物工業地帯で、日本の近代化を支えました。
 
これらの地域で織られた布が八王子に集荷されていました。八王子は絹織物問屋の町だったのです。上信電鉄も八高線も、絹織物を運ぶための鉄道です。
 
上信電鉄には「山名」という駅があります。守護大名山名氏の出身地です。関東の御家人の出身地はだいたい帰化人の入植地と重なっています。馬庭なんて駅もあり、武士団の牧場があったことが伺えます。その隣は吉井で、これも御家人の出身地だったはずです。
 
終点は下仁田、ネギで有名なところです。幕末には水戸の天狗党が高崎藩と激戦を繰り広げました。
 
次に前橋から上毛鉄道に乗って桐生まで、これも絹糸を桐生まで運ぶための鉄道です。地方のローカル私鉄が結構山奥に建設されているのは、戦前は養蚕が日本最大の輸出産業で、山間地が豊かだったからです。米しか作れない下流の平野部は貧しかったというと現代人は驚くかもしれません。
 
上毛電鉄は昔京王井の頭線を走っていた車両が現役なので、不思議な気分がしてきます。中部の大胡のあたりは古墳群があります。上毛野氏という強力な国造がいたとされています。
 
終点が織物の町桐生で、桐生からわたらせ渓谷鐵道に乗り換えます。わたらせ渓谷鐵道は足尾銅山の銅を運び出すために作られた鉱山鉄道です。今の終点は間藤ですが、かつてはもう少し先の古河までのびていました。古河が足尾銅山の中心地です。古河電工の古河です。鎌倉公方の成れの果てである古河公方がいた茨城県の古河とは関係ありません。
 
わたらせ渓谷鐵道では女性の車掌さんがお土産を売りにきてくれました。神戸("ごうど"と読みます)には鉄道会社直営のレストランがあり、駅弁を社内に売りにきてくれました。舞茸弁当と銘酒榛名山のカップ(ぐんまくん印)を買いました。これが結構うまかったです。神戸には星野富弘美術館もあります。
 
水沼駅には温泉があります。渡良瀬渓谷の景色はきれいで、沿線には花がたくさん植えてあります。観光客のために沿線住民が育てているようです。しかし足尾まで来ると、鉱毒で一度禿げ山になり表土が流れてしまったため、岩肌を見せた寂しい風景に変わります。渡良瀬川もかつては鉱毒で死の川でした。
 
間藤は終点ですが、何もない場所です。鉱山遺跡がある古河まで走らせれば良いと思うのですが。
 
帰りは東武特急に乗って帰りました。東武伊勢崎線も、太田(新田氏の出身地)、足利、館林と古式ゆかしい地名が並びます。がんらい私鉄の方が歴史が長い地域を走っているんですね。関西なんかはそれが顕著です。歴史があるので鉄道を引くだけの経済力があったのです。
 
上毛の歴史を感じた一日でした。この次に来る時は富岡製糸場や上毛古墳群、桐生などに実際に降りてみたいです。下仁田はカツ丼スタンプラリーなんかもあるそうです。

2013年8月25日 (日)

北海道縦断千キロ(二)

 8月13日(火)、北海道二日目。今日は稚内から苫小牧まで、北海道の中心部を縦断です。五時半に起き、ひとっ風呂浴びてから路地前にホテル喜登を出発、道道106号線通称オロロンラインを駅に向かって歩きました。オロロンラインは、稚内から小樽まで北海道の日本海側を結ぶ道です。気温は15度くらいしか無く、湯冷めであやうく風邪を引きそうになりました。

 

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2013年8月19日 (月)

北海道縦断千キロ(一)

 熱帯夜の続く関東を抜け出して北海道を旅してきました。今回の旅の目的はJR北海道制覇。

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2013年6月16日 (日)

四国旅行(5)

 5月2日、四国旅行もいよいよ最終日。この日は私のルーツである讃岐を回りました。私の父方の出身地は讃岐の坂出、瀬戸大橋の下の島です。田舎に帰れば昼飯はうどん、暑い日にはお昼寝、讃岐のゆる〜い空気こそ私のルーツなのです。


 

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2013年6月12日 (水)

四国旅行(4)

 後免から土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線に乗りました。

 

 土佐くろしお鉄道は国鉄民営化で建設が中止になりかけた高知県内の2路線を救うために作られた第三セクターです。

 

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2013年6月10日 (月)

四国旅行(3)

 5月1日は宇和島から予土線に乗って高知まで行きました。

 

 今回驚いたのは、松山と宇和島のホテルで朝食バイキングにジャコ天(四国では単に天ぷらと呼びます)が出てきたこと。名古屋のモーニングがやたらと豪華なことや香川や岡山の喫茶店にはメニューに素麺があることなどの面白食習慣に愛媛のジャコ天を入れても良さそうです。

 

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2013年5月 6日 (月)

四国旅行(2)

 4月30日は伊予鉄の乗り潰し。乗り潰しとは鉄道路線を全区間乗車することです。

 

 伊予鉄は松山市中心部を走る路面電車(市内電車)と松山と隣接町村をつなぐ郊外電車の2種類があります。

 

 あいにくの雨でしたが、大街道の北端にあるホテルから伊予鉄の起点である松山市駅まではアーケードの中を雨に濡れることなく歩くことができます。都市の規模と比較してアーケードが発達しているのが四国の特徴です。これは台風の通り道であることと、夏に暑いのが関係しているかもしれません。逆に関東は大きめの都市でもあまりアーケードは発達していません。

 

 まず郊外電車の方に乗りました。伊予鉄の郊外電車には残念ながら全線対象の一日乗車券はないので、料金が一割引になるICい〜カードを購入しました。名前と住所を登録する必要がありますが、すぐに作ってくれました。

 

 まず北方向へ行く高浜線。高浜線は路面電車と2回交差し、JR予讃線とも高架橋で交差しています。高浜は詩人高浜虚子が名前にも取った名所で、瀬戸内海へ浮かぶ島に遊覧船が出ています。20分くらいの短い路線です。

 

 そこから今度は市の西部東温市を結ぶ横河原線。こちらはざっと30分強ありました。鷹の子あたりまでは松山市のベッドタウンで、梅本以降はのどかな田園が広がっています。

 

 終点の横河原で、折り返しまで時間があったので、近所の駄菓子屋に入ってアイスを食べながら店のおばちゃんと世間話をしていたら、なんとおばちゃんの娘さんが私と同じ町に嫁いでいることが判明。不思議な偶然もあった物です。わが町の観光地やスーパーマーケットの話をしてきました。

 

 再び松山市駅に戻り、今度は南の郡中港(伊予市)をつなぐ郡中線に乗りました。これは一時間弱かかる長目の路線です。郡中ではJR予讃線伊予市駅と接続しています。駅の前には五色浜という名勝が広がっていて夏には海水浴ができます。

 

 そこには五色濱神社があり、源平合戦にちなんだ由緒があります。源氏に追われて船から身投げした平家の姫君が帰ってくるよう里の人達が一心に祈ったところ姫君が復活し、それ以降そこの浜の五色の石を取って願をかけると願いが叶うようになったと言うことです。私もあやかろうと石を取りに浜へ降りたら、波に足を洗われてしまいました。

 

 このあたりで昼になり腹が減ってきました。でも道後温泉まで我慢することにしました。市駅に戻り、そこで市内電車の一日乗車券(400円)を購入。一路道後温泉へ。

 

 路面電車は市中心部に鎮座する松山城(高い山上にある)を中心とした環状になっています。そして輪からしっぽが伸びていて、これが有名な道後温泉に向かう路線です。松山は県庁所在地であると同時に温泉宿なのです。

 

 道後温泉本館横には地ビールの道後温泉ビールと松山の農産物を使った料理を出してくれる道後麦酒館があり、そこで坊ちゃんビール(ピルスナー)とマドンナビール(アルト)を飲みました。これが実に旨かった。

 

 そして松山に来るまで知らなかったのですが、愛媛は豚の名産地だそうでトンカツ屋がたくさんあり気になっていたので、トンカツ定食にしたらこれも非常に美味しかったです。

 

 これでお風呂上がりだったら更においしさ倍増だと思いました。今度は道後温泉に泊まって夕食を食べたいです。

 

 午後は3時間かけて市内電車を上りも下りも全部乗り潰し、車両も古いのから新しいのまで全種類乗りました。松山の路面電車は郊外電車を踏切で横切ったり、郊外電車を斜め横断した上で連絡したりとかなり好き勝手に路線を作っていて面白かったです。

 

 これだけ路面電車が満喫できてたった400円とはお得。

 

 既に夕方なので、普通電車に乗って今夜の宿泊地宇和島へ向かいます。この日の夕食は八幡浜駅横のたこ焼き屋で済ませました。この店のたこ焼きと焼きそばも美味しかった。たこ焼き屋でたむろしてた女子高生がお水を汲んで出してくれたのが嬉しかった。四国の人は親切だなと思いました。

 

 宇和島では駅前のビジネスホテルに宿泊。でもこのビジネスホテルは面白くて、近所のホテルの大浴場に無料で入ることができます。だからこの日も大きなお風呂で足を伸ばしてゆっくりできました。

2013年5月 5日 (日)

四国旅行(1)

 連休は四国へ遊びに行って来ました。今回のテーマはローカル私鉄と温泉。食にもいつもよりはお金をかけてリフレッシュしてきました。

 

 28日(日)に田舎の倉敷に泊まり、翌29日に松山へ向けて出発。瀬戸大橋ができて以来、岡山は四国行き特急の出発地点で、四国旅行が便利になりました。岡山駅では四国の有名なお土産がほぼそろいます(笑)

 

 この日は松山に住んでいる学生時代からのアニメ友達の家で好きな作品を見たり、グッズを眺めたりして楽しみました。彼は魔女っ子アニメとガンダムに関しては博物館が開けるくらいグッズと資料を持っています。彼は子供時代からグッズを集めている筋金入りなので、セイカノートの塗り絵とか、学習雑誌のおまけまで持っていてすごいのです。3年ぶりの再会に時を忘れて話しました。

 

 松山に宿泊するのは初めて。四国一の都市というのは知っていましたが、今までは路面電車に乗るだけで中心街に足を踏み入れたことはありませんでした。今回大街道にある温泉付きの宿を取りそこから夜の大街道に繰り出しました。

 

 飲食店の多さにびっくり、しかもどれも美味しそうで迷いました。地元のお魚を焼いてくれる居酒屋と鳥料理屋で迷ったのですが、鳥は最近食べたばかりだったので炙り屋かんたろうという居酒屋にしました。

 

 とりあえず頼んだポテトサラダがスパイスがきいていてカリカリベーコンも入っていて実にうまい。つきだしとして出てきた亀の毛という変な生物(女将さんに聞いたところイソギンチャクの仲間らしい)も美味しい。

 

 ビールに次いで、地酒の寿喜心(ことぶきごころ)のお冷やを注文。山芋を特製のタレを塗りながら炙って一杯がこれまたうまい。本当は日本酒は一杯のつもりだったのだけれど、気分が良くなりサヨリの干物と石鎚(いしづち)を頼んでしまいましたが、これまた実にうまい。実に満足できました。値段もお手頃でした。

 

 その晩は温泉にじっくりつかり疲れを癒しました。幸先の良いスタートです。

2011年12月29日 (木)

三陸旅行記(二)

十二月五日

 1時20分に小本駅に着きました。残念ながら岩泉行きのバスは5分前に出たばかりでした。予想していたこととはいえがっかり。無茶苦茶寒くて外へ出る気も起きませんので、仕方なくそこで次の岩泉行きまで3時間半待つことにしました。寒そうにしていたら見かねたのか駅を管理している売店のおばちゃんがストーブをつけてくれました。おばちゃんありがとう。

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